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理想の斜め下

We wasn't dead...

【お題】ヒサイチ【好きな街】

今週のお題 【好きな街】

はじめに

私はいわゆる被災者ではない。
5年前よりももっと前に生まれ育った地から抜け出した者である。
好きな街というポジティブな内容のお題に影を落とすようで申し訳ない。
こういうタイミングでこういうお題なのは話す機会を与えられたと信じて。

記憶に残る街

5年前に失われた生まれ育ったあの街の、
あの角を曲がった先にあった店をまだ覚えている。
あの店に向かうにはこの道を使うのが速いことを説明出来る。
私の記憶の中と合致している風景と、現実には失われてしまった風景が隣り合っている。
1本の線が引かれたみたいに。

私が被災者の気持ちを理解できるだろうか。事実目の前で崩れて流される街を見ていた訳ではないし、燃え尽きるほど赤く染まった空を見ていた訳ではないし、黒い水が押し寄せる地面を見ていた訳ではない。
結果を受け止めることしか出来ない。

失ったものを確認する時間

あの日に失ったものは多すぎて、何が無くなったのか把握できている気がしない。

自分のこどもが結婚するのを見る機会を私の大事な人が失ったと気づいたのはここ最近だ。
自分が結婚した時に大事な人がどんな反応をするのか見れる機会を私が失ったと気づいたのもここ最近だ。

自分にこどもが出来て気付かされ、考えさせられて成長しているのを感じる。

引いてしまった境界

勝手に私が引いた境界がある。
私が生まれ育ったあの街に、住み続ける選択をした彼らは過程の中に居る。
いつでも、結果が見えない中で過程の中に居る。

私は結果しか知ることが出来ない。
あの場所にあれが出来たこれが出来た。
過程の中に居る彼らとは見ている面が違うと思ってしまった。
結果を受け止めることしか出来ない自分がサークルの外側で、外野で、球が転がってくるのを待つしかない感覚。

おわりに

被災地がどのような復興を遂げてどのような街になっても、記憶の中のあの街にはならない。
記憶の中のあの街をまた作るのは不可能で、そこにあまり意味はない。
外野が何も言えることはない。
過程の中に居る彼らが考えて出来上がった街がベター。街にベストなんてない。
まだ、私は引いてしまった境界を越えられる術は手に入れられていない。
受け入れたはずの結果が手から落ちている。